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福岡地方裁判所 昭和33年(行)9号 判決

福岡県三井郡小郡町大原二千百五十三番地

原告

伊藤真

右訴訟代理人弁護士

稲沢智多夫

同県久留米市

被告久留米税務署長

堤清

右指定代理人福岡法務局訟務部付検事

中村盛雄

法務事務官 和田臣司

大蔵事務官 近藤兼義

大蔵事務官 藤家正巳

右当事者間の昭和三十三年(行)第九号所得税確定申告に対する更正決定取消請求事件について、当裁判所は次のとおり判決する。

主文

原告の第一次および第二次的請求につき、本件訴を却下する。

原告の第三次的請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は、第一次的請求として「被告が原告に対し昭和三十二年十二月二十八日付でした原告の昭和三十一年度所得税の総所得金額を金百一万千五百八十四円とする旨の再調査決定のうち、金四十二万五千三百円を超える部分を取り消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、かりに第一次的請求が認められないとしても、第二次的請求として「被告が原告に対し、昭和三十二年七月一日付でした原告の昭和三十一年度所得税の総所得金額を金百四十六万九百円とした更正決定のうち、金四十二万五千三百円を超える部分を取り消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、かりに右各請求が認められないとしても第三次的請求として「前記再調査決定および前記更正決定はいずれも無効であることを確認する。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求めた。

被告指定代理人は、右第一次、第二次的請求に対し「本件訴を却下する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、第三次的請求に対しては「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求めた。

原告訴訟代理人は、請求の原因として、

一、原告は肩書地で農業を営んでいる者であるが、昭和三十一年度においては水稲五反五畝、裏作五反五畝、畑七反二畝十八歩を耕作し、植木五反の造営、百羽の養鶏をしているほか、所有株式から金七万六千八百円の配当を受けた。

二、そこで、原告は被告に対し昭和三十二年三月十一日左のとおり確定申告をした。

1  農業所得

水稲 金十二万七千四百十三円

裏作 金一万七千五百三十五円

畑 金九万八千二百二十八円

植木 金八万円

養鶏 金五万円

右合計 金三十七万三千百七十六円

右に対する特別経費

土地改良費 金七百四十八円

牛馬飼育費 金一万九千五百円

右共済掛金 金二千六百八十五円

水利地益税 金四百二十五円

水稲災害減算額 金千三百三十六円

差引合計 金三十四万八千四百八十二円

2  配当所得

金七万六千八百二十七円

所得合計 金四十二万五千三百九円

税額 金千二百七十円

三、被告はこれに対し昭和三十二年七月一日付で右確定申告に対する次のような更正決定をなし、その通知は同年八月十二日頃原告の許に到達した。

農業所得 金百三十六万四百円

配当所得 金七万六千八百円

不動産所得 金二万三千七百円

所得合計 金百四十六万九百円

税額 金四十万九千九百二十五円

四、そこで原告は昭和三十二年八月二十七日被告に対し嘆願書と題する書面を以て再調査請求をしたところ被告は同年十二月二十八日付で昭和三十一年度分所得税誤謬訂正通知と題する次のような再調査決如をし、右決定通知は同月三十一日原告に到達した。

農業所得 金九十一万千五十七円

配当所得 金七万六千八百二十七円

不動産所得 金二万三千七百円

所得合計 金百一万千五百八十四円

税額 金二十一万八百七十円

五、原告は右決定を再調査決定であると考え、右決定にも不服であつたので、昭和三十三年一月二十三日福岡国税局長に審査請求をしたところ、同年三月二十二日福岡国税局苦情処理相談所より右審査請求は前記誤謬訂正通知に対するものであるから法的な請求とはみなされず苦情相談として受理したが、該訂正通知で原告の主張は十分容れられているのでさらに訂正の余地はないとの通知を受けた。よつて原告の審査請求はこれによつて却下されたものである。

六、しかしながら被告のした前記各決定には第八項記載のような瑕疵がある。原告の昭和三十一年度の総所得金額は金四十二万五千三百円であつて、被告の再調査決定のうち右金額を超える部分は違法であるからその部分の取消を求める。

七、かりに右誤謬訂正が再調査請求に対する決定でないとすれば、被告は原告の請求に対しなんら決定をしないものであり、よつて右請求より六箇月経過後九箇月以内に提起した本訴により原決定の取消を求める。

八、かりに以上の主張がすべて理由がないとしても、被告のした更正決定および再調査決定には次のような瑕疵があり、しかもこの瑕疵は重大かつ明白な瑕疵というべきであるから、いずれも無効である。

被告は原告の所得について十分な調査をせず単に見込によつて恣意に所得額を決定したものである。すなわち被告のした更正決定によれば税額は被告の申告額の約二百九十倍にも上り、誤謬訂正によつても約百六十倍に上つている。原告は昭和二十八年より昭和三十年度までは所得税の賦課を受けずに来たものであり、本件係争年度の翌年の昭和三十二年度の総所得金額は原告の申告どおり四十三万五千六百六十円と認められている(昭和三十三、三十四年度分についても原告の申告どおりである。)にもかかわらず本件係争年度のみ百万円を超える所得を認定するに当つては同年度に限つて特別の所得があつたことの根拠がなくてはならないはずであるが、そのような特別事情はなく被告のした認定は恣意にしたものであるか、または数字の桁数を間違えた根本的錯誤があるものである。

被告の主張によると「当初更正処分をなすに当つては被告は耕作地等を実地調査し関係諸資料を基礎に植木畑の地積を三町六歩とし所得算出の基礎とした。ところがいわゆる誤謬訂正をするに当つてはさらに実況を調査し植木畑の地積を十二反七畝二十四歩とし所得算出の基礎としたとある。前記誤謬訂正をするに当り久留米税務署員が実地に調査に来て原告も立会い説明したことはあるが、植木畑については右署員は原告の説明には少しも耳をかさず、原告はその態度に憤慨して勝手にされたい旨述べて実地の測量には立会わず右署員において勝手になしたものである。前記のように当初の更正決定をするに当り算定の基礎となした植木畑の広さと誤謬訂正をするに当り算定の基礎とした広さを対比しても(原告よりの不服申立がなかつたならば当初どおり算定され確定したと思われる。)いかにその所得算出がずさんであるかが分る。しかも、誤謬訂正をするにあたり、久留米税務署員のした植木畑地積の算出は全く現況を無視した勝手な認定であつた。

養鶏所得の算出根基は年間成鶏羽数四百羽として算出したとあるがこの所得計算もまた恣意であることを免れない。養鶏所得は一般にきわめて抵いものであることは公知のことであるが、殊に昭和三十一年度においては養鶏は赤字であるとの理由で小郡町管内では原告を除き他に養鶏所得の計上をしているものは一人もいず、被告自身もこれを認めているのである。

九、なお標準率を適用してする所得の算出方法そのものには異議はない。

と述べ、本案前の抗弁に対する答弁として、

原告のした再調査請求が嘆願書名義でなされたことは認めるが、複雑難解な税法規程に暗い私人にとつてはその形式が分らないため、このような名義にしたものでその実質は昭和三十二年七月一日付の更正決定に対する不服申立であつて、これは実質上再調査請求と認められなければならない。また右更正通知を受け取つた事情は後記のとおりであり所得税第四十八条第一項の「通知を受けた日」とは社会通念上被通知者の了知し得べき状態におかれたときを意味するのであるから本件においては昭和三十二年八月十二日であつて、したがつて再調査請求は期間内になされ、期間は遵守されているというべきである。

かりに原告が再調査の請求もしくは審査請求をしていないとしても、本件においては右の請求をしなかつたことについて正当の事由があるときに該当するから所得税法第五十一条第一項但書の規定により本訴は適法である。すわなち、通常郵便物の配達は原告方正面出入口よりなされているのに当時は農繁期で全員外出していたため、本件更正決定通知書は縁先の一番隅にあるガラス窓の空間から屋内に投入されたため、そこにあつた子供の勉強机と壁との間にはさまれその結果右通知が到達したことは全然知らず同年八月十二日頃屋内大掃除の際はじめて知つたのである。このような場合には原告の責に帰し得ないところのきわめて宥恕すべき事情のある場合であつてそれにもかかわらず被告が期間経過であることを理由に方式をかえさせることもせず嘆願書を提出するよう指示したので、これに基き嘆願書を出したものであつて再調査決定または審査決定を経ないことについて正当の事由があるものである。

と述べた。

被告指定代理人は、本案前の抗弁として、

一、本件訴は行政事件訴訟特例法第二条の行政庁の裁決を経ない不適法な訴である。

すなわち被告は昭和三十二年七月二日本件更正通知を原告あてに郵送し、該通知はおそくとも同月四、五日頃までには原告に送達されたはずである。このことは原告が昭和三十三年一月二十三日付を以て福岡国税局長あてに提出した「昭和三十一年分の所得税審査請求書」と題する書面(本書面は誤謬訂正通知に対するものであつて所得税法第四十九条の審査請求に該当せず、福岡国税局協議団本部において苦情相談事項として処理済である。)中の「更正または決定通知を受取つた年月日」欄に「昭和三十二年七月四日」と明記されている事実に徴し明らかである。にもかかわらず原告は所得税法第四十八条第一項の規定による再調査請求をなさず期間経過後の同年八月二十七日被告あてに嘆願書の提出があつたに過ぎない。

そして、右嘆願書は久留米税務署員の説明を聞き期間を徒過していることを了解したうえで任意に提出されたものである。

したがつて本件訴は行政事件訴訟特例法第二条の訴願前置の要件をみたさない不適法な訴であるから却下を免れない。

二、被告は再調査決定をしたことはない。ただ被告は本件更正処分の内容について検討した結果、当初の調査額に誤謬のあることを発見したので誤謬訂正をし、同年十二月二十八日付で通知をしたに過ぎないのである。誤謬訂正は更正決定後課税標準または税額に誤謬が発見された場合税務署長が自発的に減額訂正するもので原処分と一体をなし、それ自体独立した行政処分ではなく、したがつて再調査決定とは異るのである。故に本件誤謬訂正を再調査決定と前提して右処分を争う原告の主張はその前提を欠き却下さるべきである。

と述べ、本案についての答弁および主張として、

一、請求原因一ないし四の事実のうち、原告が肩書地で農業を営み、昭和三十一年度において所有株式から金七万六千八百円の配当を受けたこと、原告が被告に対し原告の主張の日にその主張のような内容の確定申告をしたところ、被告はこれに対し原告主張のような内容の更正通知をしたこと、そこで原告が被告に対しその主張の日嘆願書と題する書面を提出したこと、被告が原告主張の日にその主張のような内容の誤謬訂正をしたことは認めるがその余の事実は否認する。右更正決定が原告の許に到達したのは昭和三十二年七月四日頃である。右嘆願書は再調査請求とはみなし得ないものである。

二、請求原因五の事実のうち、原告は被告に対し原告主張の日頃「昭和三十一年度分の所得税審査請求書」と題する書面を提出し、これに対し原告主張の頃福岡国税局協議団において苦情処理相談事項として処理したことは認めるが、その余の事実は知らない。

三、請求原因八の事実のうち、原告の昭和三十二年度所得税についてその確定申告書に記載された金額が金四十三万五千六百六十円であること、原告の昭和二十八年以降昭和三十年分までの所得について現在のところ課税していないことは認めるがその余の事実は否認する。

四、被告は所得税法第四十五条第三項の規定により、原告の事業の規模、すなわち耕作地積等を基礎として原告の推計したものである。

すなわち、被告のなした本件更正処分の内容は福岡県三井郡小郡町役場、小郡町農業協同組合等について土地台帳、耕作台帳その他関係帳簿書類から課税資料を収集したうえ原告宅に臨戸調査に着手したが、原告は所得計算上収支を明らかにする帳簿書類の記載をしていなかつたので耕作地等について実況を調査しかつ前記資料等に基いて所得税法第四十五条第三項により次のとおり推計したものである。

(一)  当初更正処分について

1  事業所得金額金百三十六万四百円(A+B)

A田畑等の所得 百十六万四百八十二円(ただし百円未満は切捨てる。)

水稲(田) 十二万七千四百十三円(原告申告のとおり)

裏作 一万七千五百三十五円(原告申告のとおり)

普通畑 九万八千二百二十八円(原告申告のとおり)

植木畑 九十四万二千円(原告申告分は八万円)

特別経費 二万四千六百九十四円(原告申告のとおり)

B養鶏の所得 二十万円(原告申告分は五万円)

2  配当所得金額 七万六千八百円(原告申告のとおり)

3  不動産所得金額 二万三千七百円 合計総所得金額 百四十六万九百円

右所得金額のうち原告の申告と異つたAの植木畑の算定根基は地積三町六歩に小郡町に適用した植木の効率一反当り四万五千七百円を乗じて収入金を求め、植木(製造)所得標準率六十九%を適用して算定した。

なお、右地積は小郡町役場備付の土地台帳より原告(同居の視族を含む。)所有の畑、山林、原野の総地積五町五反九畝十三歩を確認しそれより宅地として使用部分二反二畝十九歩、雑地で未耕作地六反、他人への貸付地一町四畝、普通畑七反二畝十八歩をそれぞれ控除して算定したもので、土地台帳上の地目は山林、原野となつているが現況は植木畑と認定した。

またBの養鶏所得の算定根基は年間成鶏羽数四百羽に対し十羽当り五千円の標準率を適用した。

(二)  誤謬訂正額について

本件当初更正の内容は(一)のとおりであるが、その後内容に検討を加えたところ耕作地積について一部調査誤謬および標準率外特別経費の控除漏を発見したので、昭和三十二年十二月二十七日次のとおり誤謬訂正をした。

1  事業所得金額 九十一万千五十七円

2  配当所得金額 七万六千八百二十七円(原告申告のとおり)

3  不動産所得金額 二万三千七百円(当初更正のとおり)

総所得金額 百一万千五百八十四円

よつて、同月二十八日原告あて右誤謬訂正通知をしたものであり、これが算定根基は次とおりである。

〈省略〉

(三)  更正処分にかかる誤謬訂正後の最終所得金額の合理性について

1  地積

久留米税務署員は原告(同居親族を含む。)所有の土地台帳面の畑、山林、原野の全部について原告を伴い実地についてその土地の状況、植付の状況を調査した。その方法は小郡町役場備付の字図の写と現況を対比し原告に質問しつつ普通畑、植木畑の地積を測定したが、一筆全部について現況が畑であるものは原則として台帳地積により、一筆の一部または二筆以上にまたがるものについては間なわにより実測し植木畑、普通畑の地積を算定した。

これらの課税標準率算定の基礎となつた畑の地積については原告の申出を一部いれて訴外内山緑地建設株式会社外三名に対する貸付地積計一町七反九畝二十八歩をその対象より除外して算定しているが、右除外地については昭和二十一年以降昭和三十三年末までの間農地法(旧農地調整法)による賃借権、使用権等の設定許可がなく実質的の貸付とは認められないことより相当原告に有利な地積の算定と思料される。

2  養鶏羽数

実地調査による算定羽数と種鶏検査および予防注射実施羽数(小郡町農業協同組合における調査資料)とを基礎として年間養鶏羽数を算定した。

3  不動産収入

実地調査時の原告家族の申立および貸家の構造規模等より推計したものである。

4  標準率、効率

原告の事業所得、不動産所得は前述のごとく実額を調査する資料がなかつたので、所得標準率を水稲(田)、裏作(田)普通畑、植木畑(収入金は効率により推計)、養鶏、不動産にそれぞれ適用したものである。

5  標準外特別経費

所得標準率適用後の所得より控除する農地耕作のための臨時雇人費(原告よりの申告はない。)は原告の世帯員の構成より農耕従事可能地積を超過する部分に相当する地積について支出があつたものと推定して一般農業所得者に準じ算定し、その他の標準外特別経費については原告の申告を相当と認めて控除したものである。

(四)  以上のとおり右認定の根拠は全く合理的なものにして被告の恣意によりされたものではなく、したがつてその結果生じた金額についてもなんら瑕疵は存在しない。

かりに右算定の基礎および結果に多少の瑕疵があるとしても、右に不服があれば原告は所得税法所定の再調査、審査の請求により処分行政庁に再調査の機会を与えるべきであるのにこれを怠り異議申立の決定期間を徒過したものであるから、いまさら無効原因として被告の推計の誤を云々することは許されないというべきであり、被告の推計による原告の所得金額が原告の主張と多少の差異ありとしてもこれはもはや無効原因たるほどの重大かつ明白な瑕疵ということはできない。

以上の次第で本件更正処分の取消またはその無効確認を求める原告の主張は全くあたらない。

と述べた。

証拠として、原告訴訟代理人は甲第一、第二号証を提出し、証人伊藤アグノ、西津茂(第一、二回)立石伝太、丸山一好、諸井多久一、荒巻重太、佐藤慎太郎、天本林五、古賀正得、重松正美の各証言、原告本人尋問の結果(第一、二回)ならびに検証の結果を援用し、乙第五、第六号証、第七号証の一、二の成立は不知、その余の乙号各証の成立は認める、ただし乙第一号証中受領年月日の記載は原告がしたものではない、と述べ、被告指定代理人は乙第一ないし第六号証、第七号証の一、二、第八号証の一ないし七、第九号証の一ないし三、第十号証の一、二、第十一ないし第十四号証、第十五号証の一、二を提出し、証人立石伝太、丸山一好、諸井多久一、久光正雄、池田憲治の各証言を援用し、甲第一、第二号証の成立は不知、と述べた。

理由

一、原告の昭和三十一年度の総所得金額に対する被告の再調査決定ないし更正決定の取消を求める部分(第一次、第二次的請求)につき、原告の本件訴の提起が適法であるか否かについて判断する。

所得税法第四十八条第一項、第四十九条第一項および第五十一条第一項によれば、第五十一条第一項但書に規定する場合を除いては、各法定期間内に右更正決定に対し再調査の請求をし、再調査決定に対し審査の請求をし、審査決定を経た後でなければ、その取消を求める訴を提起することは許されない。

原告が昭和三十二年八月二十七日被告に対してなした嘆願書の提出が、いわゆる再調査の請求に当るかどうかは暫く措くとして、被告が昭和三十二年七月一日付で前記更正決定をしたことは当事者間に争いがなく、成立に争いのない乙第一ないし第四号証、証人池田憲治の証言を総合すれば、被告は同月二日右更正通知を原告あてに郵送し、該通知は同月四日頃原告に送達されたことを認めることができる。したがつて、右更正決定に対する再調査の請求は遅くとも同年八月四日までになすべきであるのに、原告が前記嘆願書を被告に提出したのは同年八月二十七日であることは当事者間に争いのないところである。してみれば、右嘆願書の提出が再調査の請求であるとしても、法定期間を徒過したものであることは明白である。

よつて、原告の本訴請求中、原告の昭和三十一年度の総所得金額に対する被告の再調査決定(原告は再調査決定というが、本件においてはその前提である適法な再調査請求を欠くから、単なる誤謬訂正というべきである。)ないし更正決定の取消を求める部分(第一次、第二次的請求)は不適法な訴として却下を免れない。

原告は、右通知書は原告方縁先の一番隅にあるガラス窓の空間から屋内に投入されたため、そこにあつた子供の勉強机と壁との間にはさまれ、その結果当時右通知が到達したことは全然知らず、同年八月十二日頃屋内大掃除の際、はじめて右通知を受けたことを知つたのであると主張するけれども、これにそう証人西津茂(第一回)、同伊藤アグノの各証言および原告本人尋問の結果(第一、二回)は前掲各証拠および公文書であるからその成立を推定すべき乙第五、第六号証に対比して措信しがたく、他にこれを肯認するに足りる証拠はない。したがつて、右事実を前提として法定期間は遵守されているとか、再調査決定ないし審査決定を経ないで訴を提起するにつき正当な事由があるという原告の主張はいずれも理由がない。

二、原告は肩書地において農業を営んでいる者であるが、被告に対し昭和三十二年三月十一日請求原因二記載のとおり確定申告をし、被告はこれに対し請求原因三記載のとおり更正決定をし、原告に対しその通知をしたこと、原告は同年八月二十七日被告に対し嘆願書と題する書面を提出したこと、被告は同年十二月二十八日付で原告に対し請求原因五記載のとおり昭和三十一年度分所得税誤謬訂正通知をしたこと、原告は昭和三十三年一月二十三日福岡国局あてに「昭和三十一年度分の所得税審査請求書」と題する書面を提出したこと、およびこれに対し同年三月二十二日苦情相談事項として処理した旨原告あてに通知があつたことは当事者間に争いがない。

そこで、右更正決定および右所得税誤謬訂正(原告のいわゆる再調査決定)が無効であるという原告の主張について判断する。

(一)  昭和三十一年度において原告は所得計算上収支を明らかにする帳簿書類を有していなかつたことは原告において明らかに争わず、他にその収支関係全般についてその実額を明らかにする資料の存在を認めるに足りる証拠はないから、いわゆる推計により所得を算出することもやむを得ないといわなければならない。

(二)  ところで昭和三十一年度において、原告の農業所得のうち、水稲の金十二万七千四百十三円、裏作の金一万七千五百三十五円、また臨時雇人費を除く特別経費が金二万四千六百九十四円であること、および配当所得が金七万六千八百三十七円であることについては当事者間に争いがない。争いがあるのは農業所得のうち、普通畑、植木畑、養鶏の各所得ならびに不動産所得であり、なお臨時雇人費関係の特別経費は原告より申告はなかつたが、被告において原告に有利に認定したものである。

(三)  証人諸井多久一の証言により成立を認める乙第七号証の一、二、証人諸井多久一、同丸山一好の各証言を総合すれば、原告の昭和三十一年度所得税確定申告に対し、被告は久留米税務署員丸山一好をして原告の所得を調査させたのであるが、丸山は土地台帳および耕作台帳等の写を携帯して原告方に赴き、原告所有の土地を見、そのあと福岡県三井郡小郡町役場で普通畑、植木畑、原野、山林等の地積を再確認し、(イ)まず土地台帳の普通畑、植木畑、原野、山林等の総地積から宅地使用部分、未耕作地の部分、他人への貸付地の部分、普通畑の部分を控除した残りの部分が植木畑であると認定し、なお普通畑については原告の申告どおり認め、(ロ)養鶏については、小郡町農業協同組合で調査して年間雌の成鶏羽数を把握し、これに標準率を適用して算定し、(ハ)不動産所得として金二万三千七百円を算定した。そしてこれらを基礎として原告の昭和三十一年度の所得につき更正決定をし、右通知書は原告に到達した(到達したのが昭和三十二年七月四日頃であることは前記認定のとおりである。)。原告は右更正決定に対し再調査請求期間の経過後である同年八月二十七日嘆願書と題する書面を被告に提出したので、被告は、期間経過後であるから再調査請求として取り上げることはできないが、調査のうえ更正決定にまちがいがあれば自発的に誤謬訂正をするということにして久留米税務署所得税第三係長諸井多久一、前記丸山一好外一名をして調査せしめることとした。そこで諸井、丸山等三名は、昭和三十二年九月前記嘆願書に添付してあつた字図の写の外、切り株および育生状況に関する資料を携えて原告所有の土地に赴いたうえ、(イ)同地では原告を伴つて実地を見分し、右字図と対比し、原告の意見を聞きながら、普通畑、植木畑の地積を測定したが、一筆全部について現況が畑であるものは原則として台帳上の地積により、一筆の一部または二筆以上にまたがつて畑地となつているものは間なわにより実測し、普通畑、植木畑の地積を算定した。

普通畑、植木畑、原野の認定は右調査当時における土地の状況、植付の状況によつたが、原告が昭和三十二年に開墾したと述べた箇所については、作付の時期、生育の状況、掘り返えされた根株の状態等を考慮して昭和三十一年度分の地積を認定し、さらに小郡町農業協同組合指導部で昭和三十一年の盆頃撮影の同地の航空写真をも参照したうえ被告において最終的に同年度における原告所有の普通畑、植木畑を認定したものであること、(ロ)養鶏については現地で原告所有の鶏が相当多数あることを現認し、右農業協同組合において雛の購入数量、白痢検査等の資料から養鶏羽数を算出し、裏付けとして飼料の購入量を調査した結果、算定した成鶏羽数に標準率(成立に争いのない乙第十号証の二によれば十羽につき五千円であることが認められる。)を適用して更正決定どおり養鶏所得を金二十万円と認定したこと、(ハ)不動産所得については原告の家賃収入を把握してそれに標準率を適用し更正決定どおり不動産所得を金二万三千七百円と算定したことをそれぞれ認めることができる。

(四)  (イ) 被告は、原告の植木から得た所得の推計方法として、植木畑の地積に小郡町に適用した植木の効率(成立に争いのない乙第八号証の七により、一反当り四万五千七百円であることが認められる。)を乗じて収入金を求め、これに植木(製造)所得標準率(成立に争いのない乙第九号証の二により六十九%であることが認められる。)を適用して算出しており、普通畑の所得については同じくその地積に一反当りの所得金額(成立に争いのない乙第八号証の五によれば一万三千五百三十円であることが認められる。ただし、十円未満切捨。)を乗じて算出しているが、原告は標準率を適用してする所得の算出方法そのものには異議はない。

原告は、被告が前記更正決定にあたり算定基礎とした植木畑の広さ(三町六歩)と前記誤謬訂正をするに当り算定基礎とした植木畑の広さ(十二反七畝二十四歩)とを対比しても、被告のなした所得算出がずさんであることが分ると主張する。右更正決定における算出基礎の植木畑の地積と右誤謬訂正における算定基礎の植木畑の地積が非常にくいちがつていることは原告指摘のとおりである。しかしながら右更正決定の数額は誤謬訂正(これはいわゆる再調査決定ではない。けだし前記認定のとおり本件では前提となる適法な再調査請求を欠いている。)によつて訂正され、したがつて誤謬訂正された更正決定が存在するだけであり、右誤謬訂正にあたつては前記認定のとおり実地調査をしたうえ、前掲のような方法で植木畑の地積を算定し、これを基礎として植木の効率、所得標準率を適用して植木から得た所得を算定しているのであるから、右のくいちがいだけでいわば誤謬訂正と一体となつた更正決定の数額がずさんであるとか違法であるとかいうことはできない。

原告は右実地調査による植木畑の地積の認定が現況を無視した勝手な認定であると主張する。証人西津茂(第二回)、荒巻重太、天本林五、古賀正得、重松正美、久光正雄の各証言および原告本人尋問の結果(第一回)の一部によれば、被告によつて植木畑および普通畑と認定された土地は、相当以前には植木畑、普通畑もしくは原野であつたものを昭和三十一、二年頃から昭和三十六年の間に原告が訴外西津茂等の力をかりて開墾したものであることを認めることができる。しかし右各供述中、右土地が昭和三十一年度には全く原野であつたという部分は措信できず、その他本件全証拠によつても前記久留米税務署員が実地調査した昭和三十二年九月頃には植木畑、普通畑であつたが、それは昭和三十二年二月以降において開墾したためであつて昭和三十一年には原野であつたとか、右調査のさいにも依然として原野であるのに、被告が勝手にこれを植木畑、普通畑と認定したとは認めることができない。被告は右土地について実地調査を行ない、右調査にあたつては調査時の土地の状況、植物の生育状況等を十分考慮して昭和三十一年度の植木畑、普通畑の地積の認定をなしていることは前記認定のとおりである。

したがつて、被告のした植木畑の地積の認定には重大かつ明白な瑕疵があるという原告の主張は理由がない。

(ロ) 原告は、同年度の養鶏所得については、同年度における原告所有の成鶏羽数を百羽であるといつて争うとともに、小郡町管内では他に養鶏所得による課税を受けた者は一人もないと主張するが、これに副う原告本人尋問の結果(第一回)は後記証拠に照して措信できず、成立に争いのない乙第十三、第十四号証、証人佐藤慎太郎、丸山一好の証言によれば同年度の原告の成鶏羽数は四百羽を降らないものであり、また小郡管内で他にも養鶏所得による課税を受けた者があることがうかがわれるし、かりに他にはないとしても直ちに原告の養鶏所得に対する課税を違法ならしめるものではない。

したがつて、被告のなした養鶏所得の算定には重大かつ明白な瑕疵があるという原告の主張も理由がない。

三、以上のとおり、被告のなした、誤謬訂正にかかる更正決定による原告の昭和三十一年度の総所得金額の認定には無効の瑕疵がないから、原告の第三次的請求は理由がなく、失当としてこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 小西信三 裁判官 唐松寛 裁判官 川崎貞夫)

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